topへ



1回目《渡邊博の軌跡》展 1969年〜現在  
2009.5.1〜5.25  
ギャラリーsfk 千葉県南房総市下滝田125−3  TEL:0470−36−3052






[出品作]
1969
「挽歌」 変形15
紀伊国屋画廊個展(東京・新宿)に出品 
1975
「自画像」 64.2x49.0
cm
木炭
1976
「説話」 194x112cm
木炭
ザンボア個展(千葉・館山)に出品
1982
「女」 P8
1988
「かしら」 SM
美術ジャーナル画廊個展(東京・銀座)に出品


1992
「顰める」 F4
ギャラリー銀座汲美個展(東京・銀座)に出品
1993
「とらわれの緑女」
M20
ギャラリーゼピア個展(東京・新橋)に出品
1997
「赤い位相」 F8
ギャラリーゼピア個展
(東京・新橋)に出品
1997
「中陰(左の思考)・(右の思考)」 P200x2
にいがたアート・ナウ
新潟市美術館(新潟・新潟)に出品
1999
「生の表象」 F80
ギャラリー銀座汲美(東京・銀座)に出品


1999
「黄色いかたち」 F0
ギャラリーゼピア個展(東京・新橋)出品
1999
「假我」 F40
ギャラリーゼピア個展(東京・新橋)に出品
2003
「私生活の諧調」
F30x2
ギャラリーf分の1個展(東京・お茶の水)に出品
2004
「赤い呪文」 F0
ギャラリーゼピア個展(東京・新橋)に出品
2004
「真理のように」 F0
ギャラリーゼピア個展(東京・新橋)に出品


2004
「ぐどう2」 F0
ギャラリーゼピア個展(東京・新橋)に出品
2005
「乗り越えたい自我」
P20
ハイデルベルグ現代日本美術展(ドイツ・ハイデルベルグ城)に出品
2006
「男と女の迷妄」
454.5x90.9cm
ギャラリーf分の1個展(東京・お茶の水)に出品
2006
「偶像崇拝」 F0
ギャラリーf分の1個展(東京・お茶の水)に出品
2006
「心と体」 F0
ギャラリーf分の1個展(東京・お茶の水)に出品


2007
「空空寂寂の敗北1」
230x137.5cm
スペースガレリア二人展(千葉・千葉)に出品
2008
「想い出に委ねる」
34x12cm 水彩
ギャラリー唐橋(滋賀・大津)グループ展に出品
2008
「僥倖の予兆」
34x12cm 水彩
ギャラリーラメール二人展(東京・銀座)に出品
2008
「孤独のすすめ」
34x12cm 水彩
ギャラリーラメール二人展(東京・銀座)に出品
2008
「深淵」 13x13cm
水彩
ギャラリーラメール二人展(東京・銀座)に出品


2008
「終えありのない階段」 13x13cm 水彩
ギャラリー唐橋(滋賀・大津)グループ展に出品
2008
「死出の山」
13x13cm 水彩
ギャラリーびーたグループ展(東京・京橋)に出品
2008
「揺れる思惑」
30x30cm 水彩
International Art Exhibition
5月 Schillerpalais  Gallery(ベルリン)
8月 A−forest Gallery(ニューヨーク)に出品
2009
「「相反するマインド」
F20
2009
「明瞭な自己」
13x13cm 水彩
ギャラリー唐橋グループ展(滋賀・大津)に出品


2009
「茜色の祈り」
13x13cm 水彩
2008
「躍る」
13x13cm 水彩
新潟絵屋個展(新潟・新潟)に出品


■《内面の動きを表す線2001.5.22 新潟日報掲載文  個展 2001.4.23〜5.2 ギャラリ−銀座汲美
線の氾濫、あるいは線の跋扈といってよいかもしれない。艶消しの中間色の面に、太い線や細い線がいきもののようにのた打っている。作者の神経かも知れない。それほど気になる線である。
渡辺の絵画では線や面は模様ではない。世にいう抽象絵画という範疇とは異なる。前回の評でも指摘したように、この線なり面は人間の影といってもよい。したがってこの線からは鼓動がきこえるのである。
タイトルも「情動」「奏」「寡黙」「葛藤」「他生のはざま」など、人間の内面にかかわるものが多い。決して外部の対象を写し取るのではなく、内面の動きを表そうとしている。それは作者自身の内面ではあるが、人間一般の内面に拡大してもよい。内面といってもロゴスの世界ではなく、情念が支配する世界である。不安、欲望、嫉妬、怨念など、ちょっとしたことで囚われ、苛まれる人間の愚かな内面。渡辺の世界は、そうした情念のうつろいゆく軌跡が線となったのである。
(美術評論家 藤島俊會)

このページのトップへ