ハイデルベルクとロマンス街道(ドイツ)ーNO.1


ハイデルベルク現代日本美術展(ハイデルベルク市) 2005.11.4〜11.6
そのあと、ロマンス街道を南下してミュンヘンへ(2005.11.3〜11.10)


展覧会の会場となっているハイデルベルク城オットーハインリッヒ館。
この建物は未完で終わるが、今はこの城壁の背後に今回の会場として使うスペースがある。
会場入口。展覧会の横断幕がまぶしい。      
このオッサンはオレです。ヨロシク。



オープニングセレモニーのテープカット。
なんか仰々しくてスゲーヤ。
ハイデルベルグ城入口の門


左がオレの絵。 オレの絵を見る若い外人カップル。
どうなんだろうね。



セレモニーの祝辞が続いて、腰が痛むし、集中力がなくなってくるし、オレと同じ気分になったと見え、外人女性と目があってニッコリ。
会場風景。中央奥の赤黒黄の市松模様は、展覧会のポスター。


外人のウエイターに向い、ビンを指差してワイン? 
ジュースのみであった。
ハイデルベルク城「王の広間」で晩餐会。ドイツ人作家5人+その同伴者を含め、60名以上になるのかな。ダンスパーティにはならなかった。


ライトアップされた城の壁 会場の雰囲気に慣れた頃、寄ってきたドイツ人女性作家が、あなたの絵はこれでしょうと、オレの絵の前までつれて行かれた。私の絵はこれよと、オレの絵の前に飾ってある彼女の絵を示して、フムフム。お互い相手の絵に共感して、熱いキッスではなく握手をした。隣の男性はどうも旦那らしい。
晩餐会で。



ドナウ川の支流のネッカー川に架かるカール・テオドール橋は、ハイデルベルクのシンボル的な存在だ。
カール・テオドール橋の猿。ガイドの「いい話」を聞いて、猿の頭の下に自分の頭を入れる観光客が続く。「いい話」の中身は聞き取れなかった。
対岸の山には、頂上へ続く「哲学者達の小道」がある。東京・江古田の哲学堂はここからとったとガイドの説明。頂上には、ヒットラーの演説舞台などがあるという。
オレは、行ってないのでよう分からん。





カール・テオドール橋から街の方を見ると、ドイツ特有の窓の縁取り、建物の形や壁の色がひとき目立つ。



パトカーのグリーンがやさしそう。


正面奥の二つの白い塔は、ネッカー川にかかる橋門で、当時、税金滞納者を閉じ込める牢獄だったそうだ。 歯槽膿漏の歯が、ア ア 痛!
ツムリッターホテル一階レストランの昼食で、ドイツに来てはじめてソーセージを食べる。
3種類かな、それぞれ違う味なんだろうけど、気もそぞろでそれがよく分からない。


ハイデルベルクのホテル。
上部の長方形の真んなか部分が、水を流すボタン。ボタンの場所に気づくのに時がかかった。
こういう大きいのがアタリマエのようだ。
ハイデルベルク城から下ってくると、この広告塔にぶつかる。
自然の色を遮っていて、オレの気を惹いた


ハイデルベルク大学。
建物の2階に不良学生や学費滞納者が入る学生牢がある。入牢3日間はパンと水のみ、但し差し入れは黙認。各牢には宮殿の名前がつき、トイレは「王の間」。
学生の憤懣が壁の絵となって現わる。当時の学生仲間では、この牢に入ることが誉れになった。
大学当局の管理下で、1712年〜1914年まで機能した。


ツムリッターホテルの看板。(ハイデルベルク)



ドイツ最古(1386年)の大学と城の街ハイデルベルク。
ゲーテやヘルダーリン、ショパンが訪れ、多くの芸術作品を世に送った。ハイデルベルク大学からノーベル賞受賞者が6人(7人だったかな)出ているという。ハイデルベルクはいい街でした。




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